新米ペアレントの営業日誌

秋田県大仙市に2005年開所の大曲ユースホステルのペアレント(経営者)が日々の出来事を綴ります

秋田古代史

久々の酒田ツアー/④城輪柵跡

先日の久々酒田ツアーでは、酒田米菓の工場見学後、念願だった城輪柵跡の見学に向かいました。酒田の街中から車で15分ほどの田園地帯にありました。 この城輪柵というのは、大化改新(645年)頃から、中央政府による蝦夷征討のた、め、南から徐々に政府に従…

盛岡遠征②志波城から徳丹城に

昨日の盛岡ピザ食べ放題の後、時間が出来たし、久々の盛岡だったので、懸案だった盛岡の平安時代に出来た城柵跡の志波城を見学。現地到着は午後2時過ぎで、平日昼間で、併設施設の休館日、更に気温が36℃と暑さ爆発だったので、駐車場には車はなく、見学者…

歴史のお勉強は少しお休み

先日から大型連休が始まり、その前からも桜のお客様などが始まっていて、この時期は本業が1年で数少ない繁忙期入り。これまで暇な時間は秋田の歴史のお勉強をしてきましたが、さすがに忙しい時期はお休みとなりそうです。 さすがにこの年になると、新しいも…

東京で桜開花/藤原摂関時代は権力闘争に明け暮れ?

本日ようやく東京で桜の開花宣言。そうなるとテレビではお祭り騒ぎですし、次は東北の桜はいつ?ということになりそうです。 さて、歴史のお勉強は平安時代。中期になると藤原摂関時代と呼ばれ、藤原氏が権力を握るものの、政策的な新たな動きは少なく、もっ…

歴史のお勉強 平将門の乱(939年)

歴史のお勉強は平安時代。中期でクローズアップされる事象が、平将門の乱や藤原純友の乱に代表される地方に下りた公卿系武士の反乱。中央政府は一部の貴族の一族がその地位を押さえ、出世できなくなった貴族が地方に移り住み、その地で権力を持つようになっ…

秋田の歴史 元慶の乱(878年)

秋田の歴史のお勉強は、どうしても日本全体の歴史の中での秋田という観点から、全体の歴史のお勉強のウエイトが大きくなりがちです。そうした中で時々秋田の歴史的事項がクローズアップされることがありますが、今回の878年に起きた元慶の乱もその一つ。中学…

高清水岡・秋田城址/ 秋田城跡歴史資料館

今日は気温が2桁まで上昇し、道路の安全も確保されそうだったので、久しぶりに秋田市まで足を延ばしてみました。目的は、昨年一度訪れたのですが、カメラの設定が悪くて使える写真がなかった高清水岡にある秋田城址をもう一度見て廻ること。最初に前回時間切…

平安時代の一夜城-胆沢城

今朝もシャバシャバ雪が降りましたが、昼にはきれいに消えていきました。昨晩も珍しく中学生の一人旅のお客様。今朝は始発の電車とのことで、30分前には起きた気配がしていたので安心していましたが、時間になっても玄関に現れず、部屋に行ったら二度寝して…

帰服から征伐、更に共存へ

歴史のお勉強はようやく平安時代に入りました。平安時代最初は桓武天皇の親政で、旧仏教派閥の排除と北東北の領地拡大が2大テーマだったとのこと。奈良時代から特に宮城県北部から岩手県にかけての太平洋側の蝦夷の征伐が続き、テレビドラマでも描かれた蝦…

古代の仙台-秋田連絡路

今日は東京でも雪の予報で、恒例の大騒ぎ状態。こちらは3月に入ってからは雪は降るものの積もるほどではなくとける方が多いため、積雪はピーク(2/23)の126cmから70cm台まで減ってきて、玄関前の水路沿いは地面が出始めた状態になってきましたし、運動不足…

気分転換に、山形県の平安時代をお勉強

今朝は雪でなく雨で新たな積雪はなく、23日夜に最大126cmまで増えた積雪は、早くも94cm(18時・横手)にまで減ってきました。このため朝の雪寄せ作業はなく、税金の申告資料の作成が進みました。どうにかPC上での作業が終えて、あとはe-taxの書式に入力す…

どうする屋根の雪降し/天平五柵の場所探し

今朝も少し雪が積もりましたので、朝に消雪パイプ稼働開始で、昼には稼働停止。日中雪が止む時間があり、南側奥の駐車場にここ数日の降雪でそこそこ雪が残る場所が出来てしまいましたので、手作業で雪寄せ30分。このところ籠って歴史のお勉強ばかりで運動不…

多賀城②/ 陸奥鎮所

今朝は久々の除雪車登場となりました。朝から消雪パイプを稼働させましたが、昼には雪も消えましたので停止。 さて、昨日の多賀城についての続きです。多賀城の周辺、大崎平野にはこの時期、多くの柵が造られました。特に玉造柵、色麻柵、牡鹿柵など「天平の…

冬祭り2回戦は強風 / 多賀城①

今日は冬祭り2回戦目の週末で、湯沢犬っこまつり、男鹿なまはげ柴灯まつり、大館アメッコ市とほぼ全県で知名度の高い冬祭りが開催となりました。そろそろ冬祭りもとも思いましたが、家が揺れそうなほどの強風が一日吹き続け、外出自粛となりました。 この時…

出羽国の成立

立春寒波で大雪の所もありますが、大曲では多くないものの、今朝は15cmほど新たに積もった感じでしたし、雪を溜めてしまうと後が大変なので、今日は消雪パイプ稼働。それでも落ちるべき屋根の雪はほとんどありませんので気が楽ですし、午後には電気代と地下…

大宰府と隼人

先月末から雪は降るには降っています。今回の立春寒波では、北海道の次には新潟や富山で12時間に50cmの大雪とのことですが、ここ大曲では毎日10cm積もるかどうかで、更に昼間の気温がプラスになる日が多く、降った分はとけてくれて、まるで3月の雪のようで…

立春寒波 / 和同開珎じゃないの?

今回は立春寒波とのことで、北海道の帯広や稚内では12時間に100cmの降雪で大変なことになっているとのこと。1か月とか時間がかかって100cmというのはここ大曲でも過去に度々ありましたが、12時間に100cmというのは経験ありませんし、雪かきも間に合わず、苦…

歳のせいか記憶があいまいに

例年、冬の時期に太陽が出る日は限られるのですが、今年は雪が少ないこともあり、太陽の出る快晴の朝が多くなっています。今日も晴れ渡る空で、奥羽山脈がきれいに出ていました。 さて、歴史のお勉強は飛鳥時代に入りました。学生時代に歴史を勉強してもう40…

またもJPCZ登場?!/神話の世界

今回も週末にかけて大雪になるとの予報が出始めており、今日は会津で国道の渋滞が発生したようですし、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)が発生するとの予報ですので、逆に秋田県はそんなに雪は降らないかなとタカをくくっています。今朝の積雪は59cmと明け方雪…

歴史のお勉強はまとめに

今朝は事前予想は-6℃でしたが、朝の最低気温は-9.7℃まで下がり、一応予防のために凍結防止(水抜き)を行っていて正解でした。 さて、昨年夏から始めていた歴史のお勉強。これまでは素材集めで秋田県史などの自治体史を読んできました。毎年5月連休までに何…

歴史のお勉強は男鹿市史から六郷町史に

先日来、男鹿市史を読んでいましたが、思ったよりも安東氏の記述が少なかったため、戦国時代まで達しました。他の自治体史でも、関ケ原の戦い以降の近世にはまだ手を付けないことにしていますので、ここで男鹿市史はお休みとなり、次は先月調達してきた六郷…

男鹿市史は平安後期に

今週から半年ぶりの「1週間のお休み状態」に入りましたが、雪の面倒を見ないといけないので、遠出もできません。そのため、先月から時間の空いた時に読み進めている男鹿市史も、読むペースが上がってきています。市史や県史といったいわゆる自治体史を書かれ…

阿倍比羅夫の北征

このところ時間が空いたら、先日調達してきた男鹿市史を読み始めています。今回は弥生時代に該当する部分からスタートですが、弥生、古墳時代に該当する部分は文献的に、また考古学的にも確たる史料が出ていないので、市史ではサラッと扱われる感じになって…

10年に一度?/ 男鹿市史を

まだ今秋が始まったばかりですが、今度の週末には大雪の予報で、10年に一度の雪との話。この時期、1年で何度かある閑散期ですが、先生も走る師走ですし、都会の方は冬タイヤがない方もいることなどから、閑散期の中でもお客様が最も来ない時期になりますので…

胆沢ツアー ⑦鳥海柵・平安末期(1050年頃)

先日の胆沢ツアーでは角塚古墳を見て、そのまま国道397号で東成瀬村に抜けようと思いましたが、日没まで少し時間があったことと、せっかく奥州市まで来て、一か所残すのはなんだし、次にいつ来られるかわからないので、国道4号まで戻る形で走り、奥州市と金…

胆沢ツアー ⑥角塚古墳は最北の前方後円墳 古墳時代(475年頃?)

先日の胆沢ツアーでは、巣伏公園(古戦場)のあとは、奥州市の西に移動して、本州最北限の前方後円墳、角塚古墳に。市内から東成瀬に向かう国道397号の沿いにありました。国道の北側に古墳公園というのがあり、そこに古墳があるのかと思えば、古墳自体は国道…

胆沢ツアー ⑤巣伏公園・奈良時代(789年)

先日の胆沢ツアーで鎮守府八幡宮の次に訪れたのが、水沢地区の東、北上川の西岸にある巣伏公園。ここは38年戦争、789年(延暦8年)の第一次征討で律令政府と阿弖流為(アテルイ)が率いる蝦夷軍が戦い、政府軍の第一次征討での敗北が決定的になった闘いの古…

胆沢ツアー ④鎮守府八幡宮・平安初期(801年)

先日の胆沢ツアーでは、胆沢城址(公園)を見学後、胆沢城の北東端に位置する鎮守府八幡宮に。道中、城址の形跡はないかとみていましたが、何もなし。農道のような細い道の先に八幡宮はありました。 説明看板によると、801年(延暦20)に坂上田村麻呂が崇敬…

胆沢ツアー ③胆沢城址・平安初期(802年)

奥州市埋蔵文化財調査センターを見学後、隣接地にある胆沢城址を見学。現在は南にあったとされる多賀城から続く官道から分岐した幅12mの南大路と政庁を中心に配置された官衙(役所)を築地土塀と溝が方形に囲む一辺675mの広大な施設の内、外郭南門や外壁の…

胆沢ツアー ②奥州市埋蔵文化財調査センター

先日の胆沢ツアーのメインイベント、奥州市埋蔵文化財調査センターは、奥州市北部、北上川の西岸近くにありました。ここに来た目的は、この場所が蝦夷の酋長、阿弖流為(アテルイ)の本拠地だったこともあり、展示が蝦夷側から見たものがあるかもということ…